データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 国連軍縮特別総会大臣一般討論演説

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1978年5月30日
[出典] 外交青書23号,327−334頁.
[備考] 
[全文]

議長

 私は,日本政府を代表して,閣下が国連軍縮特別総会の議長の重職に就かれたことに祝意を表します。今次特別総会が,閣下の卓越した識見と,外交官としての豊富な経験に基づく公正な指導の下に,実り多き成果をあげることを期待致します。

議長

 今から33年前に,サン・フランシスコで採択された国連憲章は,その冒頭に「われらの一生のうちに2度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救う」ために,努力が結集されねばならないことを銘記しております。ここに記されていることは,国連の設立のために参集した各国が固く誓つたことであり,また,その後に国連に加盟した国々が確認して来たことであります。

 しかしながら,過去30年余の間に,世界は多数の武力紛争を経験致しました。また,核兵器をはじめ軍備は増大の一途をたどつております。私はこれらの事実に対し,深い失望の念を禁じえません。

 他方,私は,その間においても,世界に恒久平和をもたらすための努力が営々として続けられて来ている事実,そして,とくにこのような努力の一つの具体的成果として,軍縮問題を討議するための国連の特別総会が開催される運びとなりましたことに強く勇気づけられております。

議長

 わが国は,世界各国の理解と協力の下に,第2次大戦の荒廃から立直り,今や,世界有数の経済力を保持するに至りました。過去の歴史をみれば,経済的な大国は,常に軍事的な大国でもありました。しかしながら,わが国は,かかる道を歩むことなく,その経済力をもつて,国際社会の安定と繁栄に貢献する努力を続けてきたのであります。

議長

 日本国憲法は,「日本国民は恒久の平和を念願し,・・・・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した」ことを宣明し,「国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段として,永久にこれを放棄する」ことを規定しております。

 人類の先覚者としての誇り高き憲法の精神に立脚して,わが国は,他国に脅威を与えるような軍事大国にならないことをその基本政策の一つとし,国際協調をその外交政策の前提としております。

 わが国がこのような世界史上例の少ない実験にのりだす途を選択した背景には,第2次大戦の体験を通じて日本国民の一人一人の心に深く根ざした「2度とこのような戦争があつてはならない」という決意があります。そして,この決意は,戦後30余年を経た今日,日本国民の間に深く定着しており,将来にわたつてわが国が,これに反するような行動をとることは断じてありません。

 日本国民の恒久平和に対する強い願望と平和に徹するという固い決意は,国連憲章が世界各国に求めていることと正に同一であります。わが国は,今後の国際社会における国家の活動の新しいあり方の先覚者たるべく,平和に徹し,国際協調を基本とする外交努力を一層強化していくことを決意しております。

議長

 御承知のとおり,わが国は,核兵器のもたらす筆舌に尽しがたい惨禍を体験した唯一の国であります。

 33年前,広島及び長崎の両市に投下された2発の原子爆弾は,一瞬にして両市を灰燼に帰せしめ,あわせて30万人に近い生命を奪いました。また,幸いにして生命をとりとめた約37万人を数える被爆者の苦しみは,今日も続いております。しかも,この苦しみは,日本国民のみに留まつてはいないのであります。我々は,人類の将来のためにも,核兵器のもたらしたこの惨害の実相を忘れてはなりません。

 本日は,この議場に,広島市の荒木市長及び長崎市の諸谷{モロタニとルビ}市長が,各々広島,長崎両市の市民を代表して列席しております。

 現在地上に存在する核兵器は,広島,長崎両市に対し使用された原子爆弾とは比較し得ない大きな破壊力を有するものとなつております。万が一,このような核兵器が使用された場合に,どのような惨害がもたらされるかは,正に想像を絶するものであります。

 このような悲劇は2度と繰り返えされてはなりません。これが日本国民の一致した強い念願であります。

 この願いは,今や日本国民にとどまらず,世界の人々の共通の願いとなつていると信じます。このような願いをこめて,8月6日を軍縮の日とすることは十分意義があると思います。

 今回の特別総会に際して,日頃日本国内で核兵器の廃絶を目指して活動している各種民間団体を代表する人々が多数当地に来ておりますが,これも,1日も早く核兵器のない世界をつくりたいという,日本国民のやむにやまれぬ気持の表れであります。

議長

 核兵器の廃絶に対する日本国民の強い願望を背景にして,わが国は,核兵器を開発しうる能力を持ちながらも,あえてこれを持たず,作らず,持ち込ませず,という非核3原則を国是として堅持しております。またわが国が核不拡散条約の締約国となつたのも,核廃絶への願いからであります。

議長

 私は,ここに,日本政府,国民を代表して,わが国が核兵器について自ら非核3原則を堅持していることをあらためて宣明するとともに核兵器が2度と使われないよう,そしてこの地上からあらゆる核兵器を廃絶せしめるよう,核兵器国が格段の努力を行うことを強く要請致します。

議長

 核兵器国は,核兵器のおそろしさについて,他のいかなる国よりも,深く認識している筈であります。また,非核兵器国は,そのイデオロギーや体制のいかんを問わず,核兵器の脅威が取り除かれることを真に切望しております。従つて核廃絶をのぞむことにおいてはすべての国の間に差はない筈であります。私は,すべての国がこの原点に立ちかえつて努力するならば,かならずや核廃絶への途がひらけるものと確信致します。また,そうすることが我々の将来の世代に対する義務なのであります。

議長

 全面完全軍縮の達成が全世界の国々の共通の目標であることは論をまたない処でありますが,他方,軍縮の問題が全ての国にとつて,その安全の確保という要請とも密接に関連した問題であることを忘れてはなりません。現在の国際社会においては,地域的に,また,全世界的規模において,関係国間の力の均衡が国際の平和と安全を維持するための支えとなつております。がしかしわれわれが,真に全面完全軍縮の実現に向つて前進するためには,この理想を一刻たりとも忘れることなく,この理想の実現に向つて実現可能な措置を一歩一歩積み重ねていくことが必要であります。

議長

 以上,私は,軍縮問題についてのわが国の基本的考え方を述べて参りましたが,このような考え方に基づいて,いくつかの主要問題についてのわが国の考えを申し述べてみたいと考えます。

議長

 まず第1に,私は,核兵器の廃絶を目標とした核軍縮の促進が,今日,最も高い優先度をおかれるべき課題であることをあらためて強調致します。

 この目標を達成するためには,まず核軍備競争を停止し,次に核軍備の削減を進めるとの方向で実行可能な措置を一歩一歩積み重ねて行くことが最も肝要であると考えます。

 核軍備競争を停止するためには,核兵器国の数をこれ以上ふやさないことが必要であります。このためには,核不拡散条約を真に普遍的なものとし,これを基礎として核不拡散の体制を強化するために,一層の国際的努力を集中しなければなりません。私は,これとの関連で,核不拡散という命題と重要なエネルギー源としての原子力平和利用の推進という命題は,必らず両立させることができ,また,必らずや両立させなければならないと確信致します。

議長

 さらにわが国は,適切な条件の整つている地域に非核武装地帯を設置することは,核拡散防止の観点からも,有益であると考えております。かかる見地から,わが国はこのための国際的努力が続けられ,また,核保有国においてもこれら地帯への核攻撃を行わないとの保証を含む積極的支援を行うことを望むものであります。

議長

 核兵器国の数をふやさないための国際的努力は,現に核兵器を持つている国による核軍縮の努力によつて裏打ちされなければなりません。

 核兵器の廃絶という目標の達成のためには,すべての核兵器国の積極的貢献が不可欠であります。しかるに,核兵器国による核軍備の削減のための努力はほとんど進展をみておりません。私は,このことについて強い焦燥の念を禁じ得ません。ことに2つの核大国は,この点について特別の責任を有すると考えます。わが国は,米ソ両国がこの特別の責任を自覚して,第2次戦略兵器制限交渉を,速やかに妥結せしめるとともに,更に戦略兵器の実質的削減を目標とする次の交渉を遅滞なく開始するよう強く要請致します。

 さらに,わが国は,中国及びフランスに対し,部分的核実験禁止条約,核不拡散条約等に加盟するとともに,核実験の包括的禁止条約交渉を始めとする軍縮交渉に参加するよう強くよびかけるものであります。

議長

 核軍備競争を停止するための具体的な第一歩は,核実験の包括的禁止であります。過去33年の間に1,000回以上の核実験が行われており,今年に入つてからでも,既に少なくも8回の核実験が行われていることは,まことに遺憾という他はありません。それ故にわが国は,米,英,ソ3国に対し,現在進められている包括的核実験禁止のための協議を早急に妥結に導き,この夏の軍縮委員会で実際の条約交渉を開始するよう強く訴えるものであります。

 同時に,わが国はこの条約の締結を待つまでもなく,すべての国が平和目的であろうと,軍事目的であろうとを問わず,あらゆる核爆発を慎しむよう強く要請するものであります。

議長

 核軍備競争を停止するためのもう一つの現実的なステップとして,爆発用核分裂性物質の生産停止の問題があります。わが国は,1969年以来,その実現を提唱して参りました。私は,この機会にあらためて,核兵器国が平和利用に向けられるものを除き,核爆発用の核分裂性物質のこれ以上の生産を停止することを求めます。また,このような措置の履行を確保するため,核不拡散条約その他の国際条約が非核兵器国に義務づけているのと同様な国際原子力機関による保障措置を核兵器国にも適用すべきであると思います。

議長

 軍縮の具体的進展を確保する上で有効な検証制度の確立が不可欠であることは論をまたないところであります。わが国は地震に関する研究が進んでいることもあつて包括的核実験禁止の分野において,地震学的方法による核実験の検証方法の確立に貢献して来たところでありますが,今後ともこの分野における努力を強化して参る方針であります。

 わが国は,各国に対し各種軍縮措置についての有効な検証制度の発展のため国連を含めて国際的な努力を一層強化することを強く要請いたします。

議長

 全ての核兵器国が,このようにして,核軍備競争を停止するための具体的ステップを積み重ねることによつて,初めて人類は既存の核兵器の実質的な削減に取り組む段階に一歩足を踏み入れることができるのであります。私はこれが核廃絶に向つての人類の歩むべき道であると確信致します。

議長

 核兵器と並んで大量破壊兵器である化学兵器の禁止も,緊急の課題であります。わが国は,10年にわたる軍縮委員会の審議を通じて,化学兵器禁止条約案を提出する等,その早期実現のため努力して参りましたが,既に実現をみた生物兵器禁止条約につづいて,化学兵器禁止条約を実現するための交渉が速やかに開始されることを要請致します。

議長

 現在の世界には,通常兵器の生産及び国際的な移転の結果として大量の通常兵器が蓄積されております。このような兵器の蓄積は武力紛争の危険を助長し,あるいは武力紛争を激化する危険をはらむものであります。

 わが国は,平和国家に徹するとの基本的立場から,一般的に武器の輸出を慎しむという,先進工業国の間においては極めて例外的な,独自の政策を堅持しております。さらにわが国は,従来から主要兵器供給国に対し,紛争地域への兵器輸出を自粛するために協議を行うよう呼びかけると共に,無統制な兵器の移転を抑制することを目指した国際的な検討を開始することを提唱してまいりました。わが国は,最近米ソ両国がこの呼びかけに答えて,兵器の輸出を抑制することを目標とする協議を開始したことを評価するものであります。

 もとより,通常兵器の国際移転の問題は,極めて多数の国の現実の安全保障と直接結びついており,それ故に取扱いの困難な問題であります。しかし,困難な問題であるからといつて,これを避けるべきではありません。

 われわれは,問題の複雑性を認識しつつも,この軍縮特別総会において,まず通常兵器の無統制な国際移転を抑制する方向への第一歩が踏み出されるよう,衷心から望みます。

議長

 軍縮の目的が,国際の平和と安定を図ることにあることは申すまでもありませんが,私は,同時に,軍縮を進め,もつて軍備に充当されてきた資源を国際社会の繁栄と発展,とくに開発途上国の開発のために転用すべきであるということを強調したいと考えます。

 世界の軍事費は年々増加し,今や年間4,000億ドルの巨額に達しております。今日1日だけでも,実に10億ドル余りが軍事費として費されていることになるのであります。この額は,先進国から発展途上国に対する政府開発援助総額の実に20倍となつております。このこと一つをとつてみても巨額の軍事費の支出が国際社会の経済的・社会的発展の障害となつていることは明らかであります。

 私は,核兵器国を含む世界のすべての国がこの点に着目して,国際社会の繁栄と発展,なかんずく開発途上国の開発の目的のための努力を強化するためにも軍縮の促進のために一層の努力を払うことが必要と考えます。

議長

 軍縮は,複雑かつ困難な問題であります。世界各国が,全面完全軍縮の達成という共通の目標に向かつてたゆみなき協調的努力を続けることによつて,はじめてその進展が可能となるものであります。私は,このような協調的努力を可能とするような方向で軍縮のための機構を改善することについても,この総会において成果が得られることを期待致します。

議長

 最後に私は,軍備競争の背景にある国家間の相互不信を除去することなしには軍縮を達成することができないということを強調したいと思います。

 相互不信が軍備の増強をまねき,軍備の増強が不信の種をまくという悪循環をたち切り,これを相互信頼が軍縮をうながし,軍縮が相互信頼を醸成するという関係に置きかえねばなりません。

 我が国は,戦争の体験から得た教訓に従い,平和に徹し,いかなる国とも敵対関係をつくらないことを外交の基本政策とし,政治体制のいかんを問わず,国の大小を問わず,また,地理的遠近のいかんを問わず,ひろく世界の国々との間に交流を深め,意思の疎通を図り,もつて相互信頼関係を築くことを目標として努力しております。

 私は,こうした努力こそ,軍縮の努力に確固たる基礎を与えるものであると信じます。

議長並びに御列席の各位

 冒頭に述べましたとおり,わが国は,自から平和に徹することを国の基本政策とし,核兵器についてはこれを持たず,作らず,持ち込ませずという厳しい非核政策を堅持し,武器の輸出はこれを慎しむという政策を実行しております。わが国は軍縮の分野では極めて先進的な立場にあるとの誇りをもつております。このような立場からわが国は,各国の協調的努力により,核軍縮をはじめとする各般の軍縮措置が具体的に進展することを強く念願致します。今次特別総会においては,既に様々な建設的提案がなされております。また,これからも多くの提案がなされることが期待されます。しかしながら,重要なことは,軍縮努力の具体的な進展を確保することであります。

 私は,今回の特別総会が,具体的な個々の軍縮措置につながるような建設的な討議の場となり,これを契機として全面完全軍縮のための国際的努力に大きなはずみが与えられることを強く念願してやみません。

議長

 私の代表演説を終えるにあたり,核兵器の問題についての私の信念を披瀝することをお許し願いたいと思います。

 核兵器を保有する国々を代表される各位

 核兵器が人類の絶滅をもたらす恐るべき兵器であることは,核兵器を保有する国が最も良く知つておられる処であると信じます。私は核兵器の問題を考える時マンモスが己れの牙の故に絶滅への道をたどらざるを得なかつたことに思い至さざるを得ません。私は,核兵器国がこの点に思いを至し,自制ある態度をとられんことを強く望みます。

 核兵器の脅威におののく,非核保有国を代表される各位

 核兵器のもたらす戦慄すべき惨禍については,我々は1日たりとも忘れていないはずであります。人類の一員として,核兵器の廃絶のために,総力を結集しようではありませんか。

 以上の点を強く訴えて,私の演説の結びと致します。

ありがとうございました。