データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第11回国連特別総会における大来首席代表演説

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1980年8月26日
[出典] 外交青書25号,382−388頁.
[備考] 
[全文]

議長閣下,代表各位並びに御列席の皆様

 私は,閣下が第11回国連特別総会議長の重職に就かれたことに対して,日本国政府及び国民を代表して心から祝意を表するとともに,今次特別総会が閣下の卓越した外交的手腕と公正なる指導の下に所期の成果を挙げることを期待して止みません。

 また,私は,この機会に,クルト=ワルトハイム事務総長及びケネス=ダジー開発及び国際経済協力担当副事務総長が今次特別総会の開催準備をも含め建設的南北関係の樹立に向けて行って来られた献身的な努力に対し,改めて深い謝意を表明するものであります。

議長

 私は,新生国家ジンバブエが,第153番目の加盟国として,この国際機構に加盟したことに対し,心から歓迎の意を表明致したいと思います。私は,ジンバブエが長年にわたる武力闘争の後,ようやく平和裡に独立を達成したことを特に喜ばしく思います。私はジンバブエ国民の叡智と努力をもってすれば,必ずやこの若い国家の輝かしい未来が開けるものと信じます。国際社会は,南部アフリカの平和と安定のために,ジンバブエの国造りに積極的に協力の手を差しのべるべきであります。わが国としても,今後,国連の内外において,同国と友好協力関係を構築して参りたいと考えます。

議長

 今次特別総会では,「第3次国連開発の10年」のための新国際開発戦略の採択及びグローバル・ネゴシエーションズに関する議題・手続等の決定を行う予定でありますが,就中,国際開発戦略につきましては,国連開発計画委員会の委員を務め,同戦略の準備作業に参画しました私にとりまして,特に身近に感じられるものであります。

議長

 我々は,80年代の第一歩を踏み出しました。1970年代において,石油危機等の混乱もありましたが,第2次国連開発戦略の下に,開発途上国全体としては相当の開発成果を収めることができた点についてはそれなりに評価すべきであると思います。しかし,1980年代を迎えた世界経済においては,エネルギー価格の大幅な引き上げもあり,先進国,開発途上国を問わず,多くの国がインフレの亢進,景気の後退と失業の増大,大幅な国際収支の不均衡という三重苦に直面しております。

 国連事務局の世界経済概観(1978〜80年)によれば,開発途上国,特に,非産油開発途上国の昨年のインフレ率は,石油価格の急騰もあって,実に36パーセントを上回っております。また,生産面におきましても,国内総生産の増加率は,全世界平均では,79年の3.4パーセントから80年には2.5パーセントへと低下することが見込まれております。更に,国際収支面におきましても,IMFの最近の予測によれば先進国・非産油開発途上国の経済赤字の合計は,昨年の660億ドルから本年には,1200億ドルに達するものと思われます。かかる大幅な国際収支の不均衡は,大量の石油余剰資金を抱える産油国の協力なくしては,是正困難であり,石油輸出国の積極的な役割が期待されております。

 また,第三世界の人々に目を転じれば,貧困と飢餓は依然として,人間の尊厳に対する重大な挑戦となっております。

 このような幾多の困難に直面している現在の世界について言えることは,各国が,世界経済全体の枠内で相互に依存しあっているため,経済発展段階の相違,政治体制の相違,天然資源賦存状況の如何を問わず,それぞれ相応の役割と責任を果たすことが世界経済の調和ある発展と拡大をもたらし,ひいては自らの発展と国民生活の向上につながっていくことであります。

 今次特別総会は,80年代の南北対話の実質的な幕開けとして特別の意味を持っております。この新しい10年における南北対話を始めるにあたり,私は,次の点を強調したいと思います。

 先ず,各国がその立場の相違を超越した協力関係を推進することにより,現下の諸困難に立ち向かい,世界経済の拡大と安定を確保することが可能となることです。また,富める国と貧しい国の格差縮小に尽力することは,結局,各国の利益に合致するものとなることです。更に,各国は南北問題に取り組むに際しては,南北間の「相互利益」となる解決策を探求することに「共同の責任」を有することです。このような南北間の「相互利益」を探求することの必要性及び南の開発努力に対する「共同の責任」につきましては,既に,ブラント委員会の報告においても指摘されているところであります。

議長

 今日,エネルギー問題ほど南と北の「相互利益」と「共同責任」が求められている問題はありません。石油価格の急騰は,世界経済に深刻なひずみをもたらしています。世界経済をインフレ,失業,国際収支不均衡という三重の脅威から解放し,持続的安定成長路線に引き戻すために,先進国,開発途上国を問わず,各国が協力してこれに取り組まねばなりません。過去2年間の石油価格の上昇により,非産油途上国の石油支払代金は倍以上になっており,近年のこれら諸国の経常収支の大幅赤字は深刻の度を加えております。IMFの最近の予測によれば,非産油開発途上国の経済収支の赤字は本年の680億ドルから明年には780億ドルにのぼるものとされています。このような非産油開発途上国に集中している大幅な国際収支赤字に対し,効果的支援が与えられなければならず,国際社会,就中,先進工業国,主要石油輸出国,その他能力を有する諸国の責任は重大であります。国際資本市場の機能の活用のみならず,公的金融制度の補完的役割の拡大を通じ,石油余剰資金を非産油開発途上国に環流させる方法を講ずることが必要であります。特に,非産油開発途上国の中でも脆弱な国については,その国際収支ファイナンスのため先進国,石油輸出国,国際金融機関が協力して資金還流の途を確保していく必要があります。この関連において,私は,IMF・世銀が開発途上にある加盟国の国際収支調整上の負担を軽減するために行っている努力を評価するものであります。

議長

 このような状況の中にあって,来たるべき国連グローバル・ネゴシエーションズにおいてエネルギー問題を討議すべしとする77カ国グループのイニシアチブを私は,歓迎するものであります。

 私は,グローバル・ネゴシエーションズにおけるエネルギー対話を通じて世界エネルギー情勢と見通しに対する各国の共通の認識を深め,石油の供給・価格に対する予見性を高めるとともに,エネルギー・データの収集・分析,エネルギーの効率的利用,代替エネルギー利用の促進及び開発の調査・研究,開発途上国におけるエネルギー資源の開発等の分野について,石油輸出国と消費国,先進国と開発途上国を網羅したグローバルな国際エネルギー協力のための指針とメカニズムを形成する途が開かれることを希望いたします。

 また,我々は,現下の石油への過度の依存から脱却し,より多様かつ豊富なエネルギー資源への依存に移行すべく全力を挙げております。かかる状況の中において,明年8月ケニヤのナイロビで開催される予定の新・再生可能エネルギー国連会議は,このような「移行」を促進するための広範な国際協力の方途を探求する上で,まさに時宜を得た会議であると思います。

議長

 各国の自助努力は開発の最も基本的な要素であります。これなくしては,如何なる開発計画も画餅に帰すことでありましょう。同時に,かかる自助努力を実のあるものとするためには,国際社会,就中,先進国は,その政治体制の如何を問わず,開発途上国の自助努力を支援する必要があります。即ち,中央計画経済諸国は,先進市場経済諸国とともに開発途上国の発展を支援する義務を有するものであり,この意味において,われわれは開発に対する「共同の責任」があります。

 わが国は,多くの開発途上国が自らの経済社会開発を進めていくうえで,多くの外部資金,とりわけ政府開発援助を必要としていることを認識しております。このため,わが国は1977年基準のODA実績を翌78年より3年間で倍増するという中期目標を掲げ,最終年である本年には,同目標を確実に達成する予定であります。

 わが国は,今後とも,かかる積極的姿勢を維持し,ODAの量を拡大して対GNP比の改善に一層努力する考えであります。また,グラント・エレメントの向上による援助の質的改善にも引き続き努力する方針であります。

議長

 政府開発援助の供与に際して,わが国は,今後特に,人道的援助,「人造り」協力,農業,エネルギーの各分野を重視していく所存であります。例えば,人道的援助については,わが国としては,悲惨な状況にある難民に対して,医療・食糧・飲料水等の分野での協力を進めるとともに,深刻な食糧不足に悩む開発途上国に対する食糧援助を強化していく所存であります。「人造り」協力は,昨年の第5回国連貿易開発会議(UNCTAD−V)において故太平総理が提唱されたものでありますが,この機会に開発を進める過程における「人造り」の重要性を改めて強調したいと思います。それぞれの開発途上国において,最貧困層を含む広範な国民が開発の過程に参加し,その果実を自ら享受できるようにしていくことこそが,開発の究極的目的でなければなりません,私は,これを可能にするのが,教育と訓練を中心とした「人造り」政策であると確信します。私は,かかるわが国の考えが,この会議で採択される予定の新国際開発戦略の草案に反映されていることを喜ばしく思っております。わが国は,1979年に約3億ドルのODAを,各種学校建設,技術協力等の「人造り」協力に振向けましたが,今後ともこの分野における協力の拡充を図っていく所存であります。また開発途上国の多くは,その経済開発を進めていく上で,農業生産面,エネルギー面においても困難に直面しております。わが国としては,これら諸国の農業及びエネルギー開発の分野においても積極的に協力して参りたいと考えております。

 更に,ODAの供与にあたっては,これを最も必要とし,かつ,近年の世界的な景気停滞,石油価格の上昇,交貿条件の悪化等の悪影響を最も強く受けている低所得の非産油開発途上国に,特に考慮を払う方針であります。現に,わが国の1979年の二国間ODAの65パーセントは,1人当たりGNP400ドル以下の開発途上国に振り向けられました。また,貧困開発途上国の債務問題に関する1978年3月のUNCTAD貿易開発理事会閣僚レベル会合の決議に留意して,わか国は後発開発途上国(LLDC)及び石油危機で最も影響を受けた国(MSAC)に対し,新規に無償資金協力を供与する措置を実施中であります。わが国は,今後とも低所得開発途上国向けの援助の拡充に努め,特に,後発開発途上国に対する援助については贈与とするよう出来る限りの努力を行う所存であります。本年7月の経済社会理事会第2通常会期において,ワルトハイム事務総長が明らかにされた提案について,わが国としては今次特別総会を始めとして今後の南北間の対話の場で真剣な検討が加えられるべきだと考えます。

 わが国は,また,国際機関を通じた資金協力は2国間協力と相互に補完しあい国際協力の効率的な推進に資するものと考え,今後ともこの面での協力を積極的に進める方針であります。

議長

 次に,多くの開発途上国にとって最大の関心事である一次産品については述べてみたいと思います。この分野における最近の特筆すべき進展は,一次産品共通基金の設立協定が本年6月の交渉会議で採択されたことであります。同基金は,開発途上国の輸出を支える一次産品について国際商品協定への支援を通じ市場の安定化に資するとともに,これら諸国の一次産品生産を拡大し,併せてその多様化を図るという重大な機能を有します。それが故に,わが国は,同基金の早期設立のため,たゆまぬ努力を重ねて参りましたが,特に,この交渉の最終段階でわが国がとりまとめのため積極的な貢献ができたことを喜ばしく思っております。わが国は同基金に対し,その第2の窓に対する拠出2,700万ドルを含め合計6,067万ドルを拠出する予定であります。本基金の成立は,南北間の対話が実を結んだ実例として,グローバル・ネゴシエーションズの開始を控えた現在,幸先良い成果と申せましょう。わが国は,共通基金交渉の妥結により一次産品総合計画に基づく個別産品協議が促進されることを期待します。

議長

 貿易の拡大は,開発途上国の経済発展にとって死活的な重要性を有することは言うまでもありません。世界貿易の拡大と自由化を進めていくなかで,開発途上国の貿易促進に向けての国際的な努力が行われることは特に重要であります。

 1973年9月の東京宣言により,MTN東京ラウンドが開始されましたが,同交渉は参加国,交渉対象等において,GATT史上最大の貿易交渉となり,昨年4月に実質的な妥結をみました。この結果,主要先進工業国の関税は,平均4.9パーセントと大幅に引き下げられる他,非関税措置の軽減又は,撤廃,並びに今後の貿易を律する枠組についても合意され,国際的な開放貿易体制を推進する基盤は一層拡充・強化されることとなりました。この関連で,私は同交渉においては,開発途上国の利益に特別な配慮が加えられたことを,特に強調したいと思います。私は,世界的な相互依存の深まりの中において開放貿易体制を一層進展させることは,開発途上国に多くの利益をもたらすと確信するのであり,MTNの合意に更に多くの開発途上国が参加することを期待してやみません。

 開発途上国の経済発展の促進を図るためには,今後とも,これら諸国の加工品,製品の輸出拡大が必要となりますが,そのためには保護主義を防圧し,先進国市場へのアクセスの改善のための努力が継続される必要があります。また,先進国における積極的調整政策を一層推進し,世界経済全体のよりダイナミックな拡充を図ることは,開発途上国の発展にも大きく寄与するものと考えます。

 次に,一般特恵制度については,わが国が1971年に同制度の導入を行って以来,これによる輸入は年々増加し,79年度には約43億ドルの開発途上国産品がわが国に輸入されました。また,わが国は,本年4月より後発開発途上国の輸出促進のため,特別措置を導入致しました。更に,わが国は新国際開発戦略への貢献の一つとして,同制度を更に延長する所存であることをここに表明いたします。

議長

 今次経済特別総会の重要な議題である新国際開発戦略とグローバル・ネゴシエーションズの議題,手続について,わが国の見解を若干述べてみたいと思います。

 新国際開発戦略は,開発途上国の発展を促進するため,国際社会が取り組むべき協力関係,又は,努力目標を示すものであります。そこに掲げられる諸目標は,実現可能なものでなければならないと同時に,開発途上国の経済発展への強い意欲,願望も正当に反映されるべきと考えます。更に,同戦略は,70年代を通じ,開発途上国の発展段階が多様化している事実を踏まえ,発展段階に応じた開発ニーズをも考慮したものでなければなりません。これに加え,同戦略が国際社会全体の協力の方向をも示すものである以上,開発途上国の開発のみならず,世界経済全体の発展にも資するものであることを希望します。また,10年間の長期に亘る戦略でありますから,不確実性を増している世界経済の実情を反映した柔軟性をもったものとすることが肝要であります。

 新国際開発戦略の策定準備作業は,既に1年半に亘り,準備委員会で行われて来ました。我々は,既に多くの重要な事項について合意に達していますが,未だなおグローバル・ネゴシエーションズに関連する基本的重要事項については,多くの解決されるべき困難な点が残されております。私は,先進国と開発途上国の双方が相互に理解と共感をもって,最善の努力を重ねれば,グローバル・ネゴシエーションズを始め各種フォーラムにおける南北協力の指針となるべき合意を得ることは可能であると考えます。

議長

 グローバル・ネゴシエーションズは,世界経済の相互依存を認識しつつ,経済発展段階の相違,政治体制の相違を越え,先進国,開発途上国の双方が共同して現下の緊急かつ重要な世界経済の諸問題に取り組み,その総合的かつ現実的な解決策を探求し,もって世界経済の安定的拡大を図ることを目的とすべきでありましょう。従って,議題の選択にあたっては,緊急かつ重要な国際経済問題であること,グローバルな性格を有する問題であること,南北双方の共通の関心問題であること,の三つの基準を勘案することが適当と考えます。また,手続につきましては中心機関としてのグローバル・ネゴシエーションズ国連会議を設け,その下に必要な下部委員会を設立することとし,関連国際機関の専門的知識と独自性を生かした効果的な国連会議と関連国際機関との役割分担を図りつつ,グローバル・ネゴシエーションズ全体の積極的な推進を図る必要があると考えます。

議長

 先に述べましたとおり,世界経済は,多くの困難を抱え,その解決を模索している段階であり,南北対話をとりまく環境は必ずしも明るいものとは申せません。しかし,我我は,相互の利益の増進を図るため,グローバル・ネゴシエーションズの開催を支持したものであります。それ故に,今回の国連における南北対話では,先進国のみの貢献を求めるのではなく,相互の利益と共同責任の観点から南北間の諸問題に具体的解決策をいかにして見い出すかということを追求すべきであると思います。

 幾多の経済危機に見舞われた70年代においても,多くの開発途上国は,先進国と共同してこれらの諸困難に果敢に挑戦し,その開発努力を続けた結果,その開発成果には,力づけられる面が多々ありました。我々は今後の開発努力を一層強化するとの不退転の決意をもって臨めば,80年代においても新たな開発の進展が期待できると信じております。

 御清聴ありがとうございました。