[文書名] 第43回国連総会一般討論演説における加賀美国連大使演説
議長,並びに御列席の皆様,
私は,閣下が第43回国連総会議長に選出されたことに対し,日本政府及び国民を代表して衷心より祝意を表明いたします。閣下の豊かな経験と卓越した識見によって,今次総会は必ずや成果をあげるものと確信致しております。日本代表団は,閣下の重要な責務の遂行に対し協力を惜しむものではありません。
また,私は,第42回総会議長フローリン閣下の達成された業績に対し,心から敬意を表します。
最近,国連は世界各地の国際的諸問題の解決に向けてめざましい活躍を見せております。国際の平和の維持という最重要の役割を今や積極的に果たしつつある国連に対し,世界中の賞賛と熱い期待が寄せられております。これこそ国連の権威の回復であり,私はこれを心より歓迎いたします。かかる国連再生のきざしは、背後にある国際関係の反映でもありますが,同時に,ペレス・デ・クエヤル事務総長以下の国連関係者が,その才幹を縦横に発揮され,たゆまざる努力を重ねたからこそ,かかる国連の再活性化が実現しつつあるのであり,私は同事務総長以下に対し,深甚なる感謝の意と敬意を表したいと思います。
議長,
まず,世界の平和と人類の繁栄にとって重要な動向につき,我々の基本認識を申し述べたいと思います。
第一に,米ソをはじめとするここ1年間の東西関係の進展であります。米ソ両国は,INF全廃条約を締結し,両国首脳の相互訪問も実現しました。この米ソ間の対話により,東西関係が安定化し,また,全世界的な規模においても話合いによる紛争解決への流れを促すことを期待しており,その意義は,高く評価されるべきものであります。
かかる流れを背景にして,アフガニスタン問題については,本年4月ジュネーブ合意が成立し,イラン・イラク紛争も停戦が実現し,更にはアンゴラ・ナミビア問題,西サハラ問題,カンボディア問題等についても,解決に向けての動きが生じつつあります。また,中東和平問題についても,新しい要素がみられます。もっともこうした動きは今,始ったばかりであり,地域紛争の全面的な解決は,今後の努力に待たねばなりません。しかし,解決への曙光が見えてきたことは確かであり,心強い限りであります。
かかる状況の下で,我々は,「新しい思考」に基づくソ連の外交政策が,アジア・太平洋地域においても,北方領土問題の解決,極東におけるソ連軍事力の削減等,この地域の平和と安定に貢献する,より具体的な行動となって表れるよう強く期待するものであります。我々は,ゴルバチョフ書記長が先般のクラスノヤルスク演説において対日関係改善の意欲を示されたことを歓迎するとともに,年末の外相間定期協議をはじめとする両国間の政治対話の一層の進展を希望するものであります。
第二には,経済発展のもつ重要性に対する正しい認識の定着であります。経済発展のためには政治の安定が不可欠であり,政治の安定のためには民生の向上が必要であり,民生の向上は,経済成長を前提とします。このような一連の問題を全体として解決していくためには,経済発展を可能とする平和な国際環境が不可欠であり,そうした認識が定着したことは,戦後43年を経過した今日の特徴と考えられます。
世界経済を見渡しますと,依然として大幅な対外不均衡や根強い保護主義圧力,あるいは途上国における累積債務問題といった不安定要因も継続しておりますが,ガットの場では多角的自由貿易体制の強化を目的とするウルグァイ・ラウンド交渉が進められ,また,我が国をはじめ先進工業国間の貿易収支不均衡の明確な改善の兆しや,雇用の拡大,あるいは新興工業国・地域,いわゆるNIEsの目ざましい発展といった明るい材料も出てきております。平和な国際環境の中で国内的な政治条件が整い,経済政策が当を得れば,開発途上国はNIEsの段階に発展し,またNIEsは今後更に先進国の仲間入りが可能となることが,事実をもって証明されつつあります。
第三に,永続する平和と繁栄の確保に対する最も深刻な挑戦の1つである。人口と環境の問題があります。人口は,昨年7月に50億人に達し,就中アジアの人口は去る8月10日,30億人を突破したと言われております。戦争は我々にとって無論大変な痛みです。しかし,人口問題は,食料問題,エネルギー問題,環境の悪化等とも関連し,戦争とはまた異なった痛みを引き起こしていると思います。さらに,人類は,熱帯林の破壊,砂漠化,オゾン層の破壊,気候変動と言った深刻な危険に直面しております。われわれは,かかる地球的規模での痛みを黙視することはできません。私は,やはり経済の発展と地球の環境保全とを適切に調整しつつ,かかる問題に尚一層力強く対処せねばならぬと考えます。
議長,
21世紀を間近に控えた我々としては,これらの動向の積極面を一層推進するとともに,諸問題の解決のため,地球的視野に立って協力することが必要であります。これを進めるに当り,忘れてはならないことは,世界の諸国民が,人間と人間の交流の原点に立ち帰り,「心」の交流を更に増大することであります。独自の文化を持つ諸国民が,幅広い国際交流をくり広げることは,異なる文化に対する理解と寛容の心を培うとともに,地球的尺度での物の考え方が各国民に広く行き渡ることになります。ここに開かれた国際社会の素地が形成されるものと信じます。
かかる観点より,我が国としては,世界の平和と繁栄のために積極的に貢献することが益々重要との認識に基づき,世界の主要な問題の解決に向けて我が国の積極的協力姿勢を打出しました。即ち,「世界に貢献する日本」を竹下内閣の最大目標に掲げ,その実現のため,平和のための協力の強化,政府開発援助の拡充及び国際文化交流の推進という3本柱からなる「国際協力構想」を具体化していくことといたしました。これは,去る6月1日,竹下総理が第3回国連軍縮特別総会の演説において明らかにしたところであります。議長,
以上のような国際情勢に対する基本認識と我が国の政策を踏まえながら,以下,これからの国連の役割と我々の取り組みにつき所信を申し述べたいと思います。
まず何よりも重要な問題は,世界の平和をどのように確保するかであります。近年この問題に大きな影響をあたえてきたいわゆる地域問題,地域紛争の動向につき私の認識を申し述べます。
アフガニスタン問題については,ジュネーブ合意に従い,ソ連が明年2月15日までに,アフガニスタンから完全に撤退することを強く期待するものであります。また,この問題から発生したアフガン難民の自発的帰還を早期に実現することが肝要であります。このため,アフガニスタンに,国民の総意を反映した幅広い基盤を有する政権が樹立されることが不可欠であります。アフガン人が「アフガン問題はアフガン自身の問題」として認識し,祖国再建のため尚一層,一致団結して努力するよう強く訴えるものであります。
イラン・イラク紛争については,先般実現した停戦を心から歓迎するとともに,今後,撤兵,捕虜釈放,両国にとっての未解決の問題の包括的,公正かつ名誉ある解決を含め安保理決議598の完全な実施が一日も早く実現するよう強く期待するものであります。このため我が国は,今後とも引き続き事務総長の努力を全面的に支持するとともに,本件紛争の解決に向けてできる限りの協力を行う所存であります。
カンボディア問題につきましては,本年7月,宇野外務大臣は,ASEAN拡大外相会議において,問題解決のため必要な3本の柱として,ヴィエトナム軍の完全撤退の確保,真の独立・中立・非同盟のカンボディア樹立,政治解決に関する国際的保証の確保をあげ,我が国としてもシハヌーク殿下並びにASEAN諸国の和平努力を引き続き支持する決意を明らかにいたしました。今後,関係当事者の話し合いを通じ,和平過程が一層進展することを願っております。
朝鮮半島問題は第一義的に南北両当事国の直接対話により平和的に解決されるべきと考えます。かかる観点から我が国は,7月7日の盧泰愚大統領特別宣言に示された韓国側の柔軟かつ建設的姿勢を歓迎し,支持するものであります。本年1月より,我が国は,テロ行為に対する毅然たる立場を示すため対北朝鮮措置を実施してきましたが,先般ソウル・オリンピック開催に先立って同措置を解除しました。これは,緊張緩和の雰囲気に貢献するとの大局的見地から決断したものであります。我が国としては,目下開催中のソウル・オリンピックが最後まで平和の祭典にふさわしいなごやかな雰囲気の下に行われ,地域の緊張緩和に資する事を期待いたします。また,我が国は,今次総会の場で韓国及び北朝鮮の代表による演説が実現の運びとなったことを歓迎するものであります。さらに,朝鮮半島統一に至る過渡期の措置として,南北が国連に加盟することを考慮するのであれば,緊張緩和及び国連の普遍性を高めるものとしてこれを歓迎し支持するものであります。
議長,
これら世界各地の地域紛争の解決に向けて,国連は今や注目すべき積極的な役割を演じております。これは平和維持の分野における国連の重要性がまさに証明されたものと言えます。
今後の課題としては,和平への動きを更に促進し平和を維持する努力を強化する一方,今後起こり得る,紛争防止のための措置を講じることも国連の重要な任務と考えます。この観点より,私は,安保理,総会及び事務総長が紛争の発生を未然に防ぎその脅威を除去し紛争が大事に至らぬ段階で解決することを目的として,わが国等6か国が共同提案している「紛争予防宣言」が今次総会で採択されることを期待しております。そして,同宣言の趣旨が機動的かつ効率的に履行されるよう,全加盟国が協力していくことが重要であると考えます。
また,安全保障理事会が憲章に規定されている機能を一層発揮するための努力の必要性を強調したいと思います。このため重要なことは安保理の全理事国が,大局的立場より,虚心坦懐,一致協力して事に当たり,事務総長のイニシアティヴを結束して支援し,常任理事国はその特権に応じた重大な責任を果たすことが肝要であります。かくしてこそ初めて紛争当事国は国連の声に耳を傾け,解決への道が開けてくるものと信じます。現在,我が国も非常任理事国として諸問題の解決に鋭意努力しておりますが,理事国の地位を離れた後も,安保理がその役割を十分果たしうるよう積極的に協力していく所存であります。
議長,
我が国としては,このような世界各地の紛争の解決並びにそのための国連の努力に対し,最大限の支援を行ってまいる所存であります。これは,平和国家たる我が国が,国際社会の平和と安定のために積極的に汗を流すとの政策の一環であるからであります。
具体的には,まず第一に,我が国は,国連等国際的枠組で行われる平和維持活動に対し,可能なかぎの財政的支援を行うよう努力したいと考えます。
次に資金面での協力のみならず,わが国にとって適切な協力分野における要因の派遣についても協力を強化いたします。最近,アフガニスタン及びイラン・イラク関係の国連監視団に我が国より文民が参加しておりますが,今後は,選挙監視,輸送,通信,医療等の分野で協力を検討していく考えであります。
第三に,紛争に関連して発生する難民に対する各種援助を強化していく方針であります。この関連で私は,去る6月国連事務総長が発表したアフガン難民援助に関するアピールも踏まえ,UNHCR,WFP等の国連機関の活動を支援すべく,さし当たり6,000万ドル相当の拠出を行うことを誓約いたします。
本件アピールにある通り,この事業には巨額の経費が必要である旨見積もられていますが,我が国としては更に,アフガニスタン国連調整官事務所信託基金を通じる拠出などを検討して参りたいと思います。これらに加え,アフガン難民の帰還を助けるため医療分野等で,人的協力も行うことを検討中であります。
第四に,世界各地の紛争の終了後には,戦禍をこうむった国土や経済の復興再建,及び被災者等の民生の安定,向上のため,可能な限りの協力を行いたいと考えます。
議長,
次に,21世紀を見すえて平和の問題と切り離せないのは,軍縮の問題であります。
軍備管理・軍縮が真に全世界の平和と安全に寄与し得るためには,世界中の国々が,その安全を出来るだけ低い水準の軍備により確保し得るように多国間で互いに努力をすることが必要となります。米ソ2国間の軍備管理や軍縮の努力と,国連や軍縮会議等の多国間の努力の間に有機的な相互作用があって初めて世界的軍備管理・軍縮が可能となります。
核軍縮の重要性は論を待ちません。その重要な課題の1つとして核実験全面禁止が重視されるべきであり,それに至る現実的過程の探究がなされるべきであります。竹下総理は,先般の国連軍縮特別総会において,核実験検証制度の設立に資するため,我が国において国際会議を開催する意向を表明致しましたが,これをできれば来年春にも開催すべく国連等と協議を進めております。
この機会に,来る1990年に第4回核不拡散条約再検討会議を控え,現在緊急の課題となっている核不拡散体制の拡大・強化のための努力の必要性を改めて訴えたいと思います。
本年8月19日付の国連の調査団の報告等によれば,化学兵器が実際に使用されたとの報告がなされておりますが,人道に反するこの兵器は,いかなる場合においても絶対に使用されることがあってはなりません。26日の総会演説において,レーガン大統領は,化学兵器の使用を禁じたジュネーヴ議定書の信頼性を高めることを目的とした同議定書締約国会議を提唱しましたが,我が国はかかるイニシアティヴを歓迎するものであります。また,現在,軍縮会議において,精力的に行われている化学兵器全廃条約交渉が早期に妥結するよう,我が国としても一層の交渉努力を傾注することを約します。
議長,
21世紀を迎える人類が直面する最大の課題の1つは,開発途上国の発展の問題であります。この解決のためには,世界経済は一体であるとの見地にたって,途上国及び先進国が協力することが肝要であります。我が国としてはかかる視点より,政府開発援助(ODA)を計画的に拡充すべく,先進援助国のODA総額に占める我が国の分担割合を,計画期間中に,先進援助国中の我が国の経済規模の割合に見合った水準に引き上げることを念頭において,ODA実績総額について過去5年間の250億ドルを1988年から今後5年間で500億ドル以上とするよう努めることとし,併せてODAの対GNP比率の着実な改善とともに,後発開発途上国(LLDC)に対する無償資金協力の一層の拡充等を図ることとしております。
また,途上国への資金フロー確保のため我が国が1987年に発表した200億ドル以上の資金還流措置については既にその約7割を具体化する等,債務問題等の諸困難に直面する途上国を支援するための諸施策を着実に実施をしております。特に,債務救済措置については,従来とってきた措置の対象を拡大し,1978年度から1987度末までに取極めた後発開発途上国向け円借款約55億ドルについても,今後,その返済学に見合う無償援助を供与することを決定したところであります。
サハラ以南アフリカ諸国は,長期的経済停滞状態にあり,依然として特別の配慮が必要であります。我が国はこれらの諸国に対し,87年度以降の3年間における約5億ドルのノンプロジェクト無償資金協力や,上記の資金還流・債務救済措置及び国際機関を通じる協力等の一連の政策により協力に支援してきています。
他方,途上国の発展のためには,先進国から途上国への民間の資本及び技術の移転が円滑に行われることも重要であります。途上国としては,今後とも環境問題等先進国において経済成長が引き起こした弊害を回避しながら,民間企業にとって魅力的な投資先となるよう諸条件の整備に一層努力していくことが重要と考えます。
我が国は今後とも,「世界に貢献する日本」という基本目標の下で,途上国問題の解決努力していく所存であます。
議長,
国連も,従来より,開発途上国に対する協力や人権・人道援助等の分野で地道な成果をあげている面もありますが,議論が必ずしも効率的に行われず,また,組織・機構の肥大化・複雑化に伴い非能率に陥っている面があることも遺憾ながら認めざるを得ません。
経済,社会,文化等の専門分野にありながら,問題を不当に政治化する傾向もみられました。
国連がダイナミズムを回復しつつある現在,更にその動きを加速するため,一言次の点を指摘したいと思います。
我が国は,国連の機能強化をはかるため1985年の総会において行財政改革の推進を目的として賢人会議の設立を提唱いたしました。この改革は,事務局の再編成や職員ポストの削減自体が目的ではなく,国連活動の成果を最大限にするため組織と運営を考え直そうというものです。国連の活性化を望む加盟国の大きな支持を得た賢人会議の報告書に従い,現在改革が実施に移されております。これを更に推進し,より効率的な機能をもった国連をつくり上げようではありませんか。またその一環として国際社会の要請に真に応じられるように,経済社会分野の機能及び機能の一層の改善を図っていく必要性を強く訴えるものであります。このため我が国も最大限の努力を行っていく決意であります。
この関連で1つ重要な問題につき注意を喚起したい思います。即ち,国連の財政危機が慢性化している事実であります。我が国は本年3月,かかる国連の窮状に鑑み,アフガニスタン問題,イラン・イラク紛争等に係る国連の平和維持活動等の一助とすべく2,000万ドルの特別拠出を行ったところでありますが,国連の平和維持活動の分野での資金的需要が急激に増加しつつある今日,財政赤字は,国連の再活性化の大きな障害となっております。
その原因が義務的分担金の滞納にあることは明らかであります。加盟国159の中で,本年末に大なり小なり未払い額をかかえている国は約70か国,その滞納総額はおよそ4億5,000万ドルドルにものぼる見込みですが,このことの持つ深刻な意味合いを考慮し,緊急に現状の是正が図られるよう強く要望いたします。
この関連で,最近米国等,関係国が滞納分担金の支払いにつき,積極的姿勢を見せ始めたことを我が国は歓迎するとともに,今後これらの国が可及的速やかに滞納分のすべてを支払うことを強く期待するものであります。
議長,
第二次大戦後,国連は,世界の平和と繁栄の希望の星として登場し,これまで多くの分野で数々の成果をあげてまいりました。しかし同時に,当初期待されていた機能を充分に果たし得ない局面も多くあったことを認めざるを得ません。国連発足以来,半世紀にならんとしている,変わりいく世界のニーズと現実に適切に対応する構造への改革が必要であります。硬直化した組織は滅びます。西暦2000年まであと11年余,我が国としては国連のあるべき姿を展望い,加盟国政府及び国連に関心を有する民間団体とともに真剣に考えかつ具体的に行動していきたいと考えております。
国連は唯一の普遍的国際組織であります。世界の平和と繁栄の維持,文化の発展といった人類にとっての現在と未来をになう国連の役割は益々大きくなっておりました。更に,世界人権宣言の採択40周年を迎えた今日,世界の人権の擁護の分野で国連に対する期待は一層高まっています。このため,すべての加盟国が国連を支援し,盛り立てて行くことが重要であります。我が国としては,この演説の冒頭で申し述べた「国際協力構想」に基づき,今後とも誠意を貫く頼りがいのある加盟国として,国連を強力に支援していく決意であります。
ありがとうございました。