[文書名] 第47回国連総会における渡辺外務大臣一般演説
議長並びに御列席の皆様,
私は,ガーネフ閣下が第47回国連総会議長に選出されたことに対し,心から敬意を表します。同時に,シハビ閣下の前総会議長としての業績に対して敬意を表するものであります。本年4月のシハビ前議長の訪日は我が国と国連との絆をより一層深めるものとなりました。
昨年の7カ国に引続き,本年も13の国が新たに国連に加盟しました。私は,日本政府および国民を代表して,今回初めて国連総会に参加するこれら諸国の代表に対し心からの祝福を送ります。今や国連は179カ国が加盟する名実共に全地球的な組織になりました。それと同時に世界の平和と安全の維持の面における国連の役割も飛躍的に増大しており,国連憲章の理想の実現に向けて人類はまたとない好機を迎えております。
この様な時期に重責を担われるガリ事務総長に対する我々の期待は極めて大きく,私は,日本政府を代表し,ガーネフ総会議長およびガリ事務総長に対し全面的な支援と協力を約束致します。
(国連を取り巻く環境)
今や国際社会は,国連創設後半世紀近くを経て,東西間のイデオロギーと力による対決のシステムから解放されるに至っています。冷戦が終った後の世界は,旧い秩序を支えていた諸国家間の力関係の変化,地域主義の新たな胎動,民族,宗教等を巡る地域情勢の不安定化といった問題に直面しております。
湾岸危機は,一旦破壊された平和の回復のためには政治的にも経済的にも多大なコストを払う必要があることを示しました。旧ユーゴースラヴィアでは,相次ぐ戦闘のため,日々大量の避難民が故郷を去ることを余儀無くされ,また多くの非人道的な行為の事例が伝えられています。ソマリアにおいては,内戦に加え,干魃とも相俟って,住民の惨禍は計り知れないものがあります。更に,世界の人口の大多数を占める開発途上国の多くでは,依然として貧困の克服が早急な取組みを必要としておりますし,地球環境の保全は我々の子孫のためにも重大な使命であります。
このような状況に鑑み,各国は協調と協力の精神に基づき問題解決に向って一層努力する必要があります。かかる協調と協力の潮流は,来るべき国際秩序構築に向けての原動力として積極的に活用すべきであり,なかんずく国連を中心とした取組みが一層重要性を増しております。このような観点から,国連についても,その役割と機能の強化,各国の貢献の在り方につき真剣に検討する時機にきています。
(平和のための戦略)
本年1月に開催された安保理首脳会議は,国際社会が直面するこれら問題につき首脳レベルで真剣な検討が行われた初めての機会でありました。この首脳会議の申し合わせに基づき作成された事務総長報告「平和のための課題」は,すでに述べた世界の現状認識にも照らし,誠に時宜を得たものであり,ガリ事務総長のイニシアティヴとの事務局の尽力に心より敬意を表します。我が国としては,今後平和な世界を築くためには次の5つのアプローチが重要であると考えます。
第一に,国際的な緊張のレベルを低下させる努力が重要であります。
本年6月の米露サミットにおいて大幅な核兵器の削減が合意されたことは歓迎すべきことであります。このような気運がすべての核兵器国による核軍縮の進展に繋がることを期待します。また,核兵器の拡散の問題については,NPT体制の強化と普遍性の拡大が重要であり,各締約国が95年の延長会議においてその円滑な延長を目指し協調すべきであります。旧ソ連の科学者に対する支援は核不拡散の観点からも重要であり,我が国としても米国,EC等と協力して国際科学技術センターが早期に活動を開始し得るよう努力しているところであります。また,今般軍縮会議において化学兵器禁止条約交渉が妥結し,条約案が今次国連総会に提出されましたことは画期的なことであり,一国でも多くの国が本条約の原署名国となるよう強く希望致します。
他方,通常兵器については,一部地域において顕著な移転が見られるだけに,地域の不安定化を招かぬよう関係国の慎重な対応が求められます。兵器移転の透明性を高め,もって諸国間の相互信頼を強化するためには,昨年我が国がEC諸国ほかと共同で提唱した国連軍備登録制度の円滑な実施が重要であり,このために我が国は関係国と共同で,今次国連総会において,加盟国に対し同制度への幅広い参加を呼び掛ける新たな決議案を提出することとしております。
第二に紛争を未然に防止するための努力を一層強化する必要があります。
我が国はこれまで,「紛争予防宣言」並びに「国連の事実調査宣言」等の総会決議採択に積極的な役割を果たしてきました。国連の紛争予防機能の強化のためには,国連事務総長による事実関係の調査や早期警報の発出,情勢の恒常的な監視等が必要となります。このような観点から,紛争に関する情報の事務総長への積極的な提供が重要であります。更に,国連事務局が事実調査に行い,各国から収集した紛争に関する情報を整理した上で,安保理はもとより加盟各国に客観的な形で提供し,各国の判断材料に資する「紛争情報クリアリングハウス」を事務局内に設置することを提案致します。なお,前述の事務総長報告における予防外交に関する認識に基本的には賛意を表明しますが,一方の紛争当事者のみの同意に基づく国連による平和維持活動等の「予防的な展開」の構想については,更に検討すべき問題を含んでいると考えます
第三に国連加盟国による紛争の平和的な解決のための外交努力の強化の重要性が指摘されます。
昨今の地域紛争の多発化現象に鑑み,当該地域の地域機関や国連加盟国を中心とした地域的な紛争解決の努力が益々重要になりつつあります。旧ユーゴスラヴィア紛争に関するECを中心とした和平努力や,カンボディア和平に関する地域の関係国と安保理常任理事国の努力などがその例としてあげられます。また現在行われている中東和平達成に向けての関係国の努力も歓迎されるところであり,我が国としても多国間協議等の場で積極的な役割を果たしていく考えであります。
私は,アジア・太平洋地域における平和と安定の構築のためにも,我が国の外交努力を強化して参ります。カンボディア和平に関しては,我が国は本年6月のカンボディア復興閣僚会議の東京開催等の積極的な役割を果たしてきましたが,ポルポト派が他のカンボディア各派と共に国連カンボディア暫定機構(UNTAC)に協力し,早急に和平プロセスを進めていくよう,関係国とも協力しつつ同派への働き掛けを粘り強く継続して参ります。我が国としても,安保理における検討に積極的に加わっていく考えであります。朝鮮半島の緊張緩和は東アジアの平和と安定のために重要な意義を有しており,南北対話推進のための環境作りに出来る限りの貢献を行う所存です。この関連で我が国は,中国と韓国の間の外交関係の樹立を歓迎すると共に,今後これを契機に,韓中両国の間で幅広い交流が拡大されることを希望するものであります。盧泰愚韓国大統領が本日の演説で触れられた,北東アジア地域において利害を有する国々の間での対話の機会をより強化するとの構想は,我が国の考え方に沿ったものとして歓迎致します。私は,隣国ロシアとの関係が全体として均衡のとれた形で発展していくことが極めて重要であると考えています。また,この関連で,平和条約締結により両国の間に信頼関係が構築されることがこの地域の平和と安定に大きく貢献するものと考えます。
第四に,国連の中心的な任務たる平和維持活動の一層の強化が必要であると考えます。
国連の平和維持活動は,昨今活動領域の拡大や大規模化に伴い質量両面に亘る発展を遂げつつありますが,資金需要の増大や後方支援部門の要員の不足等の問題が事務総長報告においても指摘されているところであります。そのような状況から,加盟各国のより積極的な協力が不可欠となっております。我が国としても本年6月の国際平和協力法の成立に伴い,平和維持活動及び人道的な国際救援活動における人的貢献のための国内体制がようやく整備されました。これにより従来の資金協力に加え,右法律の枠組みの下でなし得る最大限の人的な協力を行ってゆく決意です。既に第2次国連アンゴラ監視団(UNAVEM2)への選挙監視員の派遣および国連カンボディア暫定機構(UNTAC)への停戦監視要員,施設部隊,文民警察の派遣を決定し,一部は派遣が開始されております。来年のカンボディアの選挙監視についても参加を予定しています。
我が国としては,国連が40数年間かけて培ってきた国連平和維持活動の原則と慣行は現在および将来も引き続き適切かつ有効であると考えます。他方,事務総長報告において提案されているいわゆる「平和執行部隊」の考え方は,将来の国連による平和構築の構想として興味深いものでありますが,従来の平和維持隊とは全く異なった考え方に根差すものであり,引き続き検討していくことが必要と考えます。
第五に世界の各地に平和を構築するためには,地域の特性を踏まえた対話と協力の強化・促進が必要であります。
欧州安全保障協力会議(CSCE)に代表される欧州の地域協力メカニズムは,従来の対立を前提とした信頼醸成の場から,域内の安定と繁栄のための協力枠組みへと変化し,紛争予防及び平和維持能力拡大のための具体的動きが始まっています。
他の地域においては,平和と繁栄のための地域協力は欧州ほどには成熟していませんが,当該地域のおかれた政治的,地政学的な特性を十分踏まえた地域独自の対話と協力の方途を追求していくべきでありましょう。アジア・太平洋地域の安全保障に関しては,我が国は,二国間乃至関係諸国間での対応の枠組みを維持強化すると同時に,全地域的な対話の促進を追求していくことが重要と考えます。かかる対話の場として当面ASEAN拡大外相会議を活用することが最も適切と考えており,我が国は,既に昨年来,同会議で政治対話を行うことを提唱しております。また,アジア・太平洋地域における開かれた協力を進展させるとの観点から,アジア・太平洋経済協力(APEC)の発展に積極的に貢献してきているところであります。
(新たな脅威への取組み)
今日,人類を取り巻く脅威としては軍事的なものにとどまらず,地球規模の環境問題,難民,貧困,人口,麻薬およびエイズの問題等の非軍事的な性格なものが重要性を増しつつあります。これらに対しては,単なる対症療法ではなく,国連および国際社会が一丸となった根治療法を必要としています。またこれらの問題への対処に当たっては,人類の叡智と高い倫理性,道義性が問われているといっても過言ではありません。この関連で私は,人権尊重の重要性を改めて強調致します。基本的人権は,普遍的な価値であり,また個人と民主的な社会の発展の原動力でもあります。昨今の紛争地域において人道法や少数民族の権利すら守られていないような状況は極めて憂慮すべきであります。
東西冷戦の終焉により,途上国の貧困の問題は,世界段階の秩序を維持していく上で南北がいかに協調していくかとの観点から,より積極的に取り組む必要が生じております。国連としても貧困の克服と貧困に端を発する社会的不安定要因の除去に努め,経済の発展が人類の福祉,ひいては政治的な安定をもたらすとの視点から,一層真剣に取り組んでいくことが必要であります。その際,経済の自立的な発展を開始しつつある国や累積債務問題の解決の糸口を得つつある国と,サハラ以南のアフリカ諸国のように依然として経済困難に苦しんでいる国があることに留意し,肌理{きめ}細かなアプローチを模索する必要があります。このような観点から,我が国としても,かかる全人類的な課題により効果的に取り組む国連の努力を積極的に支援していく所存であります。また,責任ある国際社会の一員として,明年秋を目途に,東京において,サハラ以南のアフリカ諸国,主要援助国,国連やその他の国際機関等の協力を得て,アフリカにおける経済開発の在り方をテーマとして「アフリカ開発会議」を主催する予定であります。1995年に開催予定の国連社会開発サミットについてもこれと同様時宜を得たものと考えており,同会議を真に有意義なものとすべく我が国としても積極的に協力して参りたいと考えています。
環境と開発の問題については,国連環境開発会議(UNCED)の着実なフォローアップが重要であります。我が国としては,特に今次国連総会において設置予定の「持続可能な開発委員会」を始め,UNEP,UNDP等環境関連国際機関への積極的貢献を行う所存です。また,国内体制を整備しつつ,国別行動計画を早期に策定すると共に,途上国の計画策定を支援する用意があります。同時に,今後5年間における9千億から1兆円を目途として環境ODAを拡大・強化するとの目標についても途上国との政策対話を通じ優良案件の発掘,形成,実施に努めたいと考えています。更にUNCEDの結果の再検討を行うためにも97年までに国連環境特別総会を開催するとの我が国の提案を再確認致します。
難民問題については,カンボディア等で難民の帰還が進む一方で旧ユーゴースラヴィア,ソマリア等においては事態は極めて深刻になっております。国際社会は,難民の保護,緊急援助,自主的帰還後の再定着の支援といった複雑な諸問題への対応に一丸となって取り組まねばなりません。我が国としては引き続きUNHCRを始めとする関係国際機関を通じて積極的な人道援助を実施する所存です。
人口問題については,全人類の問題として先進国,途上国双方の協力を必要としますが,我が国としては,1994年の国際人口開発会議に対し貢献するため,世界の有識者からなる賢人会議を国連人口基金(UNFPA)及び国連大学と協力して94年に我が国において開催したいと考えております。
(国連の再活性化に向けて)
国連が目下直面している構造的な諸問題は,時代の変化に十分に対応していない国連の組織,深刻な財政危機,国連における機関相互の連携の不足等であります。
第一に,今日国連に最も求められているものは真に世界組織たるに相応しい正統性,信頼性並びに実効性の拡大でありましょう。
国際の平和と安全の維持を始めとして,国連憲章に掲げるその理念と目的を達成するためには,加盟国の国連に対する全幅の信頼が根底に無ければなりません。そのためには,国際情勢の急激な変化と加盟国の飛躍的な増大,国際関係における力関係の変化等,国連創設時には予想されなかったような時代の大きな流れに即した自己変革が行われていることが必要であります。しかるに,国連憲章に関しても旧敵国条項歴史的な遺物が存在し,また,組織についても現在の体制は国連に対する期待に十分に応えられるほどの実効性を備えたものとなっているか否か疑問なしとしません。我が国としては,世界の平和と安全の維持のため特別に重要な役割を担っている安保理の信頼性と実効性を高めるとの観点から,その機能・構成を含む国連の組織の在り方につき真剣に検討すべきであると考えます。私は,国連の機能を強化するため,国連自身がこの問題への取り組みを開始することが必要と考えます。折しも95年は国連創設50周年記念の年であり,この問題を考える上での一つの節目になるものと考えます。なお,国連の組織の再検討には安保理と同様重要な役割を果たす経済社会理事会の改革も行われるべきであり,目下その議論が行われていることは歓迎すべきことであります。
国連の抱える第二の問題は財政赤字であります。
今や国連財政は破産寸前にあると言われております。国連が構造的な赤字から脱却するためには,加盟国として当然の義務である分担金の支払いが早急になされるべきであり,分担金の滞納国に対し,その支払いを強く要請します。とりわけ国連平和維持活動についてはその資金需要の急激な増加に対応するためには立ち上がりの段階での資金の円滑な確保が活動全体の成否を左右する重要な意味を持っています。そのような観点から,今回,特に大規模な国連平和維持活動の立上がり段階での資金確保を目的として,加盟国の新たな財政負担を伴わない形でそのような資金需要に応えることを可能とする総会決議案を提出する予定であり,各国の支援をお願いいたします。
第三の問題である国連機関の間の連携不足については,
国連の限られた資源を効率的に活用し,以て国連の機能を十二分に発揮させるためにも,国連内部の各機関相互の連携が強化されねばなりません。具体的には,安保理と経済社会理事会間の連携強化,安保理と総会のコミュニケーションの強化が重要であます。例えば安保理,経社理,総会の各議長間の二者又は三者間の提起的な意見交換乃至意思疎通の場の設置について検討すべきでありましょうし,憲章第65条に基づく経済社会理事会による安保理への情報提供も同様に重要であると考えます。更に,大規模な資金負担を伴う大型平和維持活動の設立等に際しては,安保理常任理事国と大口資金負担国,主たる要員派遣国,地域の関係国等との協議体制の確立が是非とも必要であります。
議長,
国連はその半世紀に近い歴史の中で最も可能性に富んだ時期を迎えつつありますが,同時にまた,国連が人類社会の平和と繁栄のために真に実行力ある世界的な組織に発展し得るか否かの試練の時でもあります。今や国連に課せられた課題と任務はあまりにも大きく,国連加盟各国の新たな自覚と責任との分担が一層求められております。国連中心主義を掲げ,平和国家として歩んできた我が国は,その国際的な地位と責任に相応しい貢献として,財政面のみならず,人的な貢献,更には新たな平和秩序の構築のための政治的な役割を強化していかねばなりません。我が国は現在,安保理非常任理事国として,平和な世界の実現のために努力しております。そして私は,将来に亘り,協調と協力の精神にのっとり我が国のこのような能動的な国際貢献を一層強化・推進して参る決意であることを申し上げ,私の演説を締め括ることと致します。