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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第五十三回国連総会における一般討論演説〜副題「平和と開発、そのための改革」〜

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1998年9月21日
[出典] 小渕内閣総理大臣演説集(下),340−348頁.
[備考] 
[全文]

 議長、事務総長、ご列席の皆様、

 まず、オペルティ・ウルグアイ外務大臣閣下が、第五十三回総会議長に就任されたことに心からお祝いを申し上げます。また、第五十二回総会議長としてウドヴェンコ・ウクライナ最高会議議員閣下の努力に敬意を表します。

(序)

 議長、

 二十一世紀に向けて新しい国際秩序をいかにして構築するか、これこそ、冷戦の終焉後ほぼ十年が過ぎ冷戦構造が崩壊した状況の中で国際社会が直面する課題であります。

 冷戦構造の崩壊は、二極間の軍事均衡に基づいた平和維持に代わって、国際社会全体の協力に基づく協調的秩序の可能性を提示しました。しかし、現実の国際社会は、地域的紛争の頻発に悩み、それと不可分に結びついた貧困から挑戦を受けております。これらの問題に有効に対処するため新しい秩序の枠組みを作ること、現在の国際社会が抱えているこの大きな目標を実現するには、表裏一体の関係にある「平和」と「開発」への取組みと、そしてその実行に必要不可欠である国連の「改革」、この三つを同時に進めなくてはなりません。

 今日、世界的規模の紛争が発生する可能性は冷戦時と比べて小さくなりました。しかし、宗教的、民族的な対立等を原因とする紛争はかえって増えております。これらの紛争に対処するためには、既に起きた紛争をどう解決するかということ以上に、これをどう予防するかが重要であります。この観点から先ず、軍備管理・軍縮を重視せねばなりません。先般のインド及びパキスタンの核実験は、核不拡散体制への重大な挑戦でありました。したがって、核その他の大量破壊兵器の拡散をいかにして防止し、不拡散体制をどのように強化するかが急務であります。また、核兵器、生物・化学兵器等の大量破壊兵器のみならず、小火器、対人地雷を含む通常兵器に関わる問題にも、真剣に取り組まなければなりません。

 一方、各紛争の根底には、不安定な社会状況があり、その意味で開発問題への取組みは極めて重要であります。さらに、環境破壊やテロをはじめとする地球的規模の脅威が深刻化しております。特に、テロは、強大かつ残忍な物理的破壊力をもって人々の生命と安全を脅かすものであります。国家間の武力紛争と性質は異なるものの、冷戦後の今日、益々深刻化し、安全保障上の重大な懸念となっております。国際社会は、これらの問題や脅威に実効性のある対処を行う方途を真剣に考えなければなりません。

 以上の認識を踏まえ、本日、私は、現在の国際社会が抱えているこれらの様々な問題について、「平和」と「開発」、そしてこれらを推進するために必要不可欠な「改革」という視点からわが国の考え方を述べ、わが国が率先して自らの役割を果たしていく決意であることを申し述べます。

(核不拡散、軍備管理・軍縮)

 議長、

 先ず、「平和」の維持にあたって極めて重要な核不拡散、軍備管理・軍縮の問題につき述べたいと思います。本年五月、極めて遺憾なことにインド及びパキスタンは核実験を行いましたが、これにより核不拡散体制は大きな挑戦に晒されました。核兵器のない世界を目指すためには、これ以上、核の拡散を許さず、強固な核不拡散体制を確保することが必要不可欠であります。確かに、現在の核不拡散体制は完全ではないかもしれませんが、国際社会の安定を確保していく上で、これに代わるものは現実にはありません。したがって、核不拡散体制の強化のための国際社会の努力を後退させることはいかなる国にも許されないものであります。同時に、核不拡散体制を実効性あるものとして確保するためには、全ての国が核不拡散の努力をなすと同時に、核兵器国が核軍縮を誠実に履行することが重要であります。こうした考え方に基づき、我が国は次の五点を重視しております。

 第一に、核不拡散体制をより普遍的なものとしなければなりません。核兵器不拡散条約(NPT)は国際的核管理のために代替の効かない体制です。未締結国に対しこれに無条件で速やかに加入するよう強く求めます。かかる観点から、本年八月にブラジルがNPTを締結したことを高く評価します。

 第二に、NPTを補完し、核不拡散を確実なものとするため、核兵器やミサイル関連の物質・技術等の輸出を厳格に管理する必要性を強調したいと思います。各国が、これらの物質、技術の移転の阻止に向けて真剣に取り組むことを求めます。

 第三に、これ以上の核実験を阻止しなければなりません。包括的核実験禁止条約(CTBT)に対する普遍的な支持がなければ核不拡散体制の実効性は保てません。この条約が早期に発効するよう未締結国に対し速やかにこれを締結するよう求めます。また、それまでの間、核実験の停止を確保しなければなりません。

 第四に、このような核不拡散の様々な努力を維持・強化するためには、核兵器国による核軍縮の一層の推進が重要であり、START2の早期発効及びSTART3の早期交渉開始を期待します。また、本年七月の英国による核戦力の顕著な削減の決定やフランスによる地対地ミサイル解体の決定を歓迎し、全ての核兵器国がNPT第六条の義務を誠実に履行し、核軍縮を一層推進させるよう要請します。

 第五に、核能力の凍結を図るため、カットオフ条約の交渉に各国が前向きに取り組み、交渉を早期に妥結することが重要であります。

 今次総会において、わが国としては、以上の五項目を推進すべくイニシアティブをとって参りたいと思います。

 もとより、軍備管理・軍縮の推進は、核兵器にのみ限られるべきものではありません。その他の大量破壊兵器たる生物・化学兵器の問題や、ミサイル等の運搬手段に関わる問題への取組みも極めて重要であります。北朝鮮による先般のミサイル発射は、それが仮に衛星打ち上げを目的とするものであったとしても、わが国の安全保障及び北東アジアの平和と安定に直接に関わる極めて重要な問題であり、また、大量破壊兵器運搬手段の拡散防止に対する挑戦であります。私は、改めて、九月十五日の国連安保理議長による声明を北朝鮮が国際社会の一致したメッセージとして真摯に受け止め、かかる行動を再び繰り返すことのないよう求めます。

 さらに、紛争の発生や激化を阻止するためには、対人地雷や、従来心ずしも十分な取組みが行われてこなかった自動小銃等小火器の問題にも取り組まなければなりません。わが国は、これらの問題について引き続き主導的な役割を果たしていく考えてあります。特に、対人地雷については、地雷除去、犠牲者支援を強化して、早期に「犠牲者ゼロ」の目標を実現できるよう国際的な協力の強化に取り組みます。対人地雷禁止条約が四十ヶ国の締結により、明年三月一日に発効することとなったことは喜ばしい限りであります。わが国としても現在、一日も早い締結に向けて努力しているところであります。この条約が対人地雷の全面的禁止に向けた普遍的な枠組みとなるよう、多くの諸国が早急にこれを締結することを求めます。

 また、紛争は、集団殺害等、人道上許すことのできない犯罪を招来しております。これを抑止するためには、これらを国際犯罪として処罰する常設の国際法廷設立が必要であります。そうした国際刑事裁判所を設立するため七月にローマで採択された条約は、歴史的な意義を有するものでございます。我が国は、このような国際法廷が実効性のある成果を挙げるためには、国際社会全体の祝福と協力を得ることが必要不可欠であると考え、設立会議で重要なイニシアティブをとりました。今後、国際刑事裁判所がその方向で普遍的な枠組みに成長することを期待します。

 議長、

 「平和」の実現に取り組むにあたって、近年、国連平和維持活動を含む国連の活動において文民の果たす役割の重要性が高まっておりますが、残念なことに非戦闘員が紛争当事国による暴力の標的とされる事例が増えています。本年七月、「国連タジキスタン監視団」に対する卑劣な犯罪行為により、わが国は、ポーランド、タジキスタン、ウルグアイと共に犠牲者を出しました。国連や人道支援機関の要員の安全をどう確保するかにつき、当事国及び国連が真剣に検討を行うことが必要であります。その関連で、九四年十二月に採択された「国際連合要員及び関連要員の安全に関する条約」の早期発効に向け、未締結国が一刻も早くこれを締結するよう改めて呼びかけたいと思います。また、わが国は、国連職員の安全対策のため、国連に対し、百万ドルを目処に拠出することとしたいと思います。多くの国が、この面で国連の努力を支援するため、同様に拠出することを期待します。

(開発問題及び新しい地球的規模の問題への対処)

 議長、

 紛争の根本原因の一つは、経済・社会開発にかかわる様々な問題の存在であります。これを看過するわけにはいきません。わが国が本年一月に開催した紛争予防戦略に関する東京国際会議において、貧困を始め紛争の背景にある諸要因を総合的に把握して問題に取り組むという包括的アプローチの重要性が強調されました。

 開発の問題は二十一世紀の世界が直面する最大の課題であります。同問題への対処にあたっては、開発途上国の経済開発の問題に加えて、人権や「グッド・ガヴァナンス」を含む社会的な側面への取組みも重要であります。

 わが国は数年来、このような考え方を含む「新たな開発戦略」を提唱して参りました。この考え方が、九六年、経済協力開発機構において支持を受け、また、国連においても浸透しつつあることを喜ばしく思います。この戦略は、国際社会が援助国と被援助国との区別なく、一体となって国際社会の共通課題としての開発問題に取り組むという考え方に基づいております。そのため、開発に携わった国が自らの開発に責任をもって主体的に取り組むことを重視します。また、このような努力にあたっては、開発途上国、先進国の区別無く「パートナーシップ」に基づき積極的な協力を実施することも重要であります。これが「新たな開発戦略」の基本理念であります。

 この考え方に基づいて、九三年の第一回アフリカ開発会議に続き、第二回アフリカ開発会議を本年十月わが国において開催致します。この会議の目的は、アフリカ諸国の自助の努力により国造りを支援するにあたって「新たな開発戦略」を同地においてどのように推進すべきかの方途を探ることであり、そのための行動計画策定を目指しております。

 わが国は、アジアの安定的発展のためにこれまで最大限の貢献をして参りました。現下の通貨・経済危機に対しても、総額約四百三十億ドルにのぼる世界最大規模の対アジア諸国支援策を率先して実施してきております。同時にわが国は、自国金融システムの安定化をはじめとする様々な施策を通じて、一両年以内にわが国の経済を回復軌道に乗せるべくあらゆる努力を払っております。わが国自身の経済の早期回復は、アジア、そして世界経済への何よりの貢献となると考えます。このようなアジア諸国の経験を第二回アフリカ開発会議において分かち合うことにより、同会議がアフリカの開発に向けて国際社会全体の知恵と力を結集する機会となることを強く望みます。

 また、わが国は、冷戦後における国際関係の大きな転換の中で、ロシア、中国、韓国、更には中央アジア、コーカサス諸国といったシルクロード地域との関係を新たな視点から捉える「ユーラシア外交」を積極的に推進しております。これもまた日本が「平和」と「開発」を密接に関連させ推進している例であります。

 更に、今日、環境破壊、人口増加、人権侵害、難民流出、テロ、麻薬、国際組織犯罪、エイズ等、国境を越えて人間一人一人の生活を脅かす問題が深刻化しております。これらの問題については、地球的規模で発生する脅威から人間の安全と尊厳を守るという考え方に基づき、国際社会が連帯し、また政府のみならず市民社会も一緒になって、共通のルール作り等共同で対応する必要があります。特に、本年は、世界人権宣言採択五十周年に当たります。紛争に伴って生じる大規模な人権侵害や難民の問題への取組みは、紛争を防止する上でも不可欠であると考えます。

(国連改革)

 議長、

 これまで述べてきた「平和」と「開発」の問題に取り組むにあたって、国連を「改革」し、その機能を強化することが急務です。

 「平和」と「開発」は表裏一体の関係にあります。また、国連が国際社会の抱える諸問題に効果的に対応するためには、加盟国が各々の分担金支払義務を誠実に履行することを含め、健全な財政基盤の確保が緊要であります。わが国の分担率は二〇%を超えようとしております。これは、米を除く常任理事国四ヶ国の分担率の合計よりも高い割合であります。こうした状況を踏まえて財政分野での改革に真剣に取り組む必要があります。したがって、国連強化のための改革実行にあたっては、政治分野での改革、開発分野での改革、そしてそれらを支えるための財政分野での改革と、相互に関連する三つの分野の改革を均衡のとれた形で進めなくてはなりません。

 昨年の総会におきまして、改革の具体化に向けて機運が高まったにもかかわらず、以後、安保理改革の議論が進展していないことはまことに遺憾であります。先に申し述べたような国際社会の状況下では、安保理を改革し、その正統性と実効性を強化していくことが緊急の課題であります。わが国としては、憲法の禁ずる武力の行使は行わないという基本的な考えの下で、多くの国々の賛同を得て、安保理常任理事国として一層の責任を果たしていく用意があります。今年は、我々加盟国が安保理改革の具体的な議論を始めてから五年目に当たります。既に論点は出尽くしており、各国が政治的決断を行うべき時に来ております。わが国は、大多数の国々の正当な関心に応えつつ、しかも国際社会全体の利益に適う包括的合意を成立させることは可能と信じます。我々が、そのような包括的合意を纏める決断力と行動力を持ち合わせなければ、国連は次世紀において国際社会の直面する様々な課題に有効な対処ができなくなるでありましょう。今次総会の会期中に改革の枠組みについて合意すべく、全ての加盟国が、国連の強化のために政治的英断を下されるよう強く要請いたします。

(結語)

 議長、

 二十一世紀は直ぐそこに迫っております。我々は、この新しい世紀において、二十世紀が生み出した人類の財産を守り、発展させていく義務があります。タジキスタンで平和維持活動に従事中に亡くなった故秋野豊助教授は私の親しい友人でありました。その彼が生前信条としておりましたのは、「踊らされず、踊る」ということです。国連は、この言葉どおり、何よりも主体性をもって、いかなる課題にも正面から取り組む実効性と信頼性を兼ね備えた強力な機関でなければなりません。国連がそのような機関として二十一世紀を迎えうるよう、加盟国は努力を尽くすべきであります。国連の将来は、我々加盟国に委ねられているのであります。私は、政策運営において「誠実、堅実、果断」をモットーとしていますが、わが国としては、「平和」、「開発」、そして「改革」に「誠実、堅実、果断」に対処し、リーダーシップを発揮していく決意であることを申し述べ、この演説を終えたいと思います。