データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第55回国連総会における河野外務大臣一般討論演説「21世紀の諸課題に如何に向き合うべきか」

[場所] ニューヨーク
[年月日] 2000年9月13日
[出典] 外交青書44号,347−349頁.
[備考] 
[全文]

 議長、御列席の皆様

 まず、ホルケリ・フィンランド前首相閣下が第55回総会議長に就任されたことに心からお祝いを申し上げます。また、第54回総会議長としてグリラブ・ナミビア外務大臣閣下の御尽力に対し敬意を表します。

 そして、また、トゥヴァルが新たに国連に加盟したことを歓迎いたします。

 本題に入る前に、ここ数ヶ月の国際社会の二つの動きに特に触れたいと思います。朝鮮半島情勢について南北首脳会談が実施されたことは画期的なことであり、この動きが今後も継続・進展し、北東アジアの平和と安定につながるよう強く期待をいたします。また、中東和平について、我が国は、両当事者が交渉の継続を決意されたことに大変勇気づけられており、国際社会とともに和平の実現に向けた当事者の取組を強力に支援していきたいと考えます。

【21世紀の平和と安全のために】

(軍備管理・軍縮、不拡散)

 議長、

 21世紀を真に平和の世紀とするためには、軍縮・不拡散の問題に国際社会が一致して取り組むことが何よりも重要であります。

 1945年、人類史上初めて広島、長崎という二つの都市が原爆による筆舌に尽くし難い惨禍に見舞われました。このことが核のない世界を目指す我が国の行動の原点であります。それ以来半世紀を経て、世代交代が進み、広島・長崎の生々しい経験は我々の記憶の片隅に追いやられているかもしれません。また、そのような中で核兵器やミサイルの新たな拡散の動きが心配されます。しかし、私は、人類がこの悲惨な経験をしっかり肝に銘ずることこそ、国連の直面する課題の中でも最大の課題の一つである「核の脅威のない世界の創造」の第一歩になると考えております。このような経験を持つ我が国としては、これまで、非核三原則を国是とし、核の問題に特別の関心を払ってまいりましたし、今後ともこの問題の重要性を訴え続けたいと思っております。

 我が国は、戦後、「日本国憲法」に集約されている民主主義、平和主義、基本的人権の尊重を基本理念としてまいりました。また、我が国は軍事大国とはならないとの基本方針の下、もてる力を国民の繁栄のために動員し、経済発展を遂げてきたのであります。我が国としては、このような経験を活かし、開発途上国の経済発展と福祉の向上に一層の貢献を行ってまいりたいと考えています。

 私もこれまでの政治生活の中で核軍縮・不拡散の問題に深く関与してまいりました。私の尊敬する先輩政治家は、「世界の諸国民は誰かが積極的に平和を唱え、それにみんなが協力して地球が危機を免れることを望んでいる。その誰かの役割を日本が演じなければならないと私は信ずる。」と情熱をもって語りました。この言葉は、現在私の政治信条であるとともに、多くの日本人の持つ決意でもあります。私が外務大臣を務めていた94年、我が国は「究極的核廃絶決議」を初めて国連総会に提出して圧倒的多数の支持を頂きました。95年には核兵器不拡散条約(NPT)の無期限延長を支持いたしましたのも、日本国民の強い意思によるものであります。今春のNPT運用検討会議で採択された最終文書に、全面的核廃絶に向けた明確な約束を含む核軍縮・不拡散分野における将来に向けた措置が盛り込まれたことを高く評価いたします。

 また、私はアメリカ政府がNMDの配備決定を先送りしたことを、この重要な問題についての一層の対話を重視する慎重な配慮として評価いたします。我が国としては、今般の発表を契機として、NMDを巡る問題に関する議論が更に深まっていくことを期待いたします。私は各国がこれに呼応して軍拡への悪循環を避け、核軍縮に向けて良い循環を生み出すための行動をとるよう期待いたします。国際社会は引き続き大量破壊兵器の不拡散に努力すると共に、核兵器国に対し一層の核兵器の削減を求めて行かなければなりません。そのためには、米露が戦略兵器削減交渉の中で、更なる核兵器の削減を行うとともに、他の核兵器国が一方的に或いは交渉を通じて核兵器削減の努力を行うことが是非とも必要であります。更に核の恐怖から解き放たれた世界を実現するためにいかなる道筋をとっていくべきかについても、真剣に考えるべきであります。核のない世界は、我々の手の届かない夢の世界ではないと信じます。

 このような認識の下で我が国は、本年の国連総会において、大量破壊兵器の不拡散を確保しつつ、CTBTの早期発効、カットオフ条約の交渉の即時開始と早期終了をはじめとして、START IIIの交渉促進、更にそれ以降の大幅な核兵器削減等を通じた、核廃絶のための最終段階を経て、核のない世界を実現するための具体的な「道程」を示す核廃絶決議案を提出する予定であります。この決議案に国際社会の幅広い支持を頂くことを期待いたします。

 更に、生物兵器禁止条約議定書交渉を2001年までに妥結すること、ミサイル拡散への取組を強化することの重要性を指摘したいと思います。

(紛争予防への取組)

 次に、紛争予防に向けての国際的努力について述べたいと思います。

 紛争を効果的に予防するためには、様々な政策手段を包括的かつ効果的に用いることが重要であります。アナン事務総長が提唱されている通り、国際社会は「予防の文化」を育てていくことが求められているのであります。

 私が議長を務めたG8宮崎外相会合でとりまとめた「紛争予防に関する宮崎イニシアティヴ」は、「予防の文化」の考えを具体化するものであります。我が国が積極的にこれまで取り組んでいる小型武器の問題については、G8各国は、他国に対する侵略や抑圧に使用される明白なおそれのある場合の輸出を許可しないことを明らかにいたしました。これが明年夏の国連小型武器会議の成功に繋がることを期待いたします。我が国の呼びかけで今年春「小型武器基金」が国連に設置されましたが、これは、小型武器回収や元兵士の社会復帰等への協力を目的とするものであります。

 更に、「宮崎イニシアティヴ」では、紛争の発生や再発の防止に資するような開発援助の強化にも積極的に取り組むことにいたしております。そのために、NGOとの間でも、緊急人道活動等への支援や、緊急復興のための合同調査団の派遣等を通じ、連携を進めてまいります。

(国連の平和活動)

 近年、国連の平和維持活動は、より迅速な実施が求められると共に、コソヴォや東チモールの例に見られるように、人道支援や緊急復興、行政権の行使までを含む多様な任務の遂行を求められるようになっています。このようなPKOの迅速かつ効果的な展開を可能にするためには、事務局機能の強化や、国際社会のより機動的な協力が重要であります。今般、アナン事務総長のイニシアティヴにより設置された検討委員会が今後の国連の平和活動についての勧告をとりまとめ、発表したことを歓迎いたします。

 国連のPKO及び人道要員の犠牲者が引き続き多いことは憂慮すべき事態であります。つい先頃も、西チモールにおいて国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が襲撃されるという許すべからざる事件が起きました。当事国や周辺国と国連との緊密な協力により、国連要員の安全を確保するために万全の対策が取られるべきであります。

 国連の平和活動について、我が国も、PKOに対する人的・財政的貢献、緊急復興、民主化、法制度整備のための支援、国際機関への支援等を含め、引き続きできる限りの支援を行っていく考えであります。

【21世紀の繁栄のために】

(開発)

 議長、

 貧困の削減は、各国の指導者にとって最も優先度の高い問題であります。一貫してこの問題の重要性を認識してきた我が国は、91年以来9年連続で世界最大の援助を行ってまいりました。今後共、開発途上国とも協力して、途上国の開発にとって何が一番効果的かを考えつつ、積極的に取り組んでまいります。このような認識に立って、2001年に国連が中心となって開催が予定される開発資金会議についても、その成功に向け努力していく考えであります。

 また、一定の発展段階に達した開発途上国が発展の経験やノウハウを活かして他の途上国を支援することは極めて有意義であります。我が国は、国連機関等とも連携しながら、南南協力への取組を強化していきたいと考えております。

 特に貧困の問題が深刻なアフリカについて、我が国は、93年及び98年にアフリカ開発会議を開催いたしました。今後とも、このTICADプロセスを通じて、アフリカの開発に積極的に協力していく方針であり、第3回会議開催の可能性も念頭において、2001年度中に閣僚レベルの会合を開催したいと考えております。関係する各国や諸機関の御協力をお願いしたいと思っております。

 我が国は4月に太平洋・島サミットを開催し、地理的に不利な条件を負っている島嶼諸国と共通のビジョンと中長期的な協力の方向を打ち出しました。また、この秋にはカリコム諸国と初めての閣僚レベル会合を行います。更に内陸国の持続可能な開発の問題については、輸送インフラの改善や整備を含め、積極的に協力を行っていく方針であります。

 重債務貧困国(HIPCs)の債務問題について我が国は、世界銀行の多国間債務救済基金に合計2億ドルまで拠出することを決定いたしました。今後も、債務国の貧困削減戦略の策定への技術協力等を通じ拡大ヒピックス・イニシアティヴの迅速かつ効果的な実施につとめてまいりたいと思います。

【人間中心の世界の実現のために】

 議長、

 21世紀に向け、我々は紛争、貧困、難民、人権侵害、保健、犯罪、テロ、環境等様々な問題に直面をいたしております。また、女性や児童、更には様々な社会的弱者がその権利を擁護され、その才能を発揮し、全ての人々が共生できる社会を築いていかなければなりません。こういった問題への取組において、個々の人間の生存・生活・尊厳を確保するという観点から、人間を中心に考える取組を強化することが益々重要となっています。これが「人間の安全保障」の考え方であります。

 まず、感染症については、これが個人の生命への脅威であるのみならず、開発や国家建設の重大な障害ともなるものです。我が国は、エイズ、マラリア、結核を中心に、感染症に対する途上国の取組に対し支援を行うと共に、この分野での途上国におけるNGOの活動にも積極的にこれを支援してまいります。

 また、我が国は、国際組織犯罪やテロ対策のための、国連を中心とした法的枠組みの整備が緊急の課題と考えております。

 人間の安全保障の観点からも、地球環境問題への取組はますます重要であります。我が国は、環境に配慮した開発支援を重視してODAの約4割を環境協力に充てています。環境問題における当面の最大の課題は、気候変動枠組条約第6回締約国会議(COP6)の成功と、地球温暖化問題に対処する京都議定書を2002年までに発効させるということであります。また、2002年のリオ+10会合では、多くの環境条約の効果的な実施に関する議論、地球サミット以降の技術革新やグローバル化を踏まえ、未来志向の議題を設定すべきであります。近年新しく生まれた多くの環境条約を一層効果的に実施する工夫も重要です。我が国は、リオ+10会合のアジアでの開催を強く支持しており、インドネシアによる開催立候補を歓迎いたします。

 また、女性や児童、さらには様々な社会的弱者が直面する問題の解決に一層の努力を払うべきです。その意味で、本年6月の「女性2000年会議」等の国連の取組を高く評価いたします。更に我が国としては、「第2回児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」を開催し、児童の権利の擁護のための取組を進めてまいります。

 議長、

 私が述べましたのは、「人間の安全保障」を重視する取組のごく一部にすぎませんが、我が国は、昨年国連に設置された「人間の安全保障基金」に対し、これまで90億円以上を拠出しており、近い将来、この基金に更に100億円程度を目指して拠出したいと考えております。同基金は特に紛争後の緊急支援・復興や保健医療、基礎教育等の分野の取組の支援に実績を上げてきています。更に人間の安全保障の概念を深め、それに関する取組強化の方途を検討するため、有識者の参加を得て、人間の安全保障のための国際委員会を発足させたいと考えております。

【21世紀の諸問題への取組のために−国連の強化−】

 議長、

 このように国際社会が取り組むべき課題はますます多様化・複雑化してきており、それに対応した国連の体制強化を急がなければなりません。

(国際の平和と安全の維持のための機能の拡充)

 そのためには、まず、安全保障理事会が、国際社会の大きな変化を反映した組織に生まれかわることが急務であります。先週のミレニアム・サミットにおいても限られた時間の中で約百名にのぼる代表の方々がこの点を指摘しており、また、ミレニアム宣言で包括的な改革実現のための努力を強化するとの決意が謳われていることは、加盟国首脳の総意を示すものであります。特に国際社会において益々重要な役割を果たしている途上国の声を反映するとともに、途上国が抱える諸問題の解決に貢献しうる能力を持つ国が参加する方向での改革が必要だと考えます。私は、常任・非常任理事国双方の拡大を図るとともに、新しい常任理事国には途上国と先進国の双方を含めることにより、安保理における代表性と実効性を共に向上させることができると考えます。既に議論のために7年の時間を費やされており、論点は出尽くしているにもかかわらず、依然改革は具体化されておりません。過去7年間我々が議論している間にも、世界各地で紛争は起こり、貧困の問題はより深刻になっています。安保理改革の具体的な姿について各国の意見の収斂を図るべき時期に来ていることを強調したいと思います。

 今日、国際の平和と安全の維持のためには、政治・安全保障のみならず、経済・社会等様々な分野にわたる活動が求められています。安保理改革が実現する暁には、我が国は、軍縮や不拡散、開発、人間の安全保障といった様々な分野での我が国の能力と経験を活かし、本日私が述べたような考え方に立って、常任理事国として一層の責任を果たしたいと考えています。

(健全な財政基盤の確立)

 国連の機能強化の前提条件は健全な財政基盤の確保にあります。国連財政の合理化、効率化、透明性の向上に加え、財政負担のバランスが特に重要であります。現在の財政負担の分担は、各国の経済力や国連における地位・責任を反映しているとは考えられず、その早急な是正を求めたいと思います。私は、今次総会において、より衡平な通常予算分担率について合意が得られ、より安定した財政基盤の確立に向けた重要なステップとなることを強く願っております。また、急増するPKO予算についても同様であり、より衡平な分担が実現することを期待いたします。

【結語】

 議長、

 21世紀を迎えるに当たり、我々は多様性を尊重して、民族・宗教・文化等への帰属意識から生ずる相克を乗り越えていかなければなりません。その基盤となるのは、民主主義、人権、自由といった人類共通の普遍的価値に立脚した国際関係であり、国連はそのような国際関係を構築する営みにおいて中心的役割を果たさなければなりません。平和を実現するためには各々が寛容の精神で対話を進め、手を携えて様々な課題に取り組むべきであります。国連において、本年は「平和の文化国際年」そして、明年は「国連文明間の対話年」と命名され、具体的な活動が行われているのは、このような問題意識の高まりを反映したものと言えるでしょう。更に、グローバリゼーションが進み、経済中心の合理主義が浸透していく中で、多様な文化の重要性を認識し、各々の国・地域の個性を育て、歴史的・文化的遺産を守ることに我々は特別の関心を払うべきだと考えます。ユネスコはこの分野で中心的な役割を果たすべきであります。すべての国がユネスコの役割を認識し、その活動を強化していくために一致してこれを支援しなければならないと思っています。

 私は、ミレニアム・サミットに始まったこのミレニアム総会が、諸課題への我々の取組の強化の点でも、また、安保理改革、財政改革といった国連自身の機能強化についても、21世紀に向かって有意義な前進を始める画期的な出発点となるべきだと考えます。このために、加盟各国の協力が一層重要であることを訴えて私の演説を終えたいと思います。

 有難うございました。